映画「ノロイ」考察(改−8/28)
さて、まずは「禍具魂」のやり方についてまとめてみよう。
必要なモノは術者を中心に巫女(呪いの依代)、猿の赤ちゃん(生け贄)、犬(術者に呪いが帰ってこないようにする防護手段)、鳩(呪いを『飛ばす』という象徴)である。生け贄は猿の赤ちゃんとなっていたが、まぁ本来はマジもんの人間の子供使うんでしょうな。ひょいひょい手に入るモンじゃないから、猿の赤ちゃんで代用してたと。
で、劇中でこの巫女にあたるのが無論石井。さて鳩、赤ちゃんはいいとして犬と術者がいないという問題点が出てくる。どうも石井が術者も兼ねていたようだが(もしくは目に見えぬ禍具魂の意志そのものが術者か?)それでも犬が居ない。どうも現代版禍具魂、防護手段を取ってないらしい。その証拠に冒頭とラストの石井の家には鳩が飛んできていることから石井自身呪いで死んでいる。もしかしたら人間の赤ん坊を何十人も使用した禍具魂は犬程度では防ぎきれないのかもしれない。
次に劇中の出来事を時系列のに沿って並べてみよう。
〜禍具魂の解放〜
1978年の鬼祭の失敗が鎮めるハズの禍具魂の解放へと繋がったのは一目瞭然だが、なんで今まで鎮められてたのが失敗したのか?村がダムに沈んだのが原因ならば1978年の祭りの時点であんな目に見えた失敗は起こらない、次の年の鬼祭の期日辺りで予兆が起こるはず。考えるに1978年の祭りの前に実際に禍具魂の儀式やったんじゃねーか?皮肉にも現代社会では数十匹の猿より人の赤ちゃん手に入れる方が簡単(村で堕ろした赤ん坊をパス!キャッチ!とか)だし、たぶん人間の赤ちゃんを使用したのであろう。呪う対象は矢張りダム建設の責任者か誰かか。あと、石井の血縁者であろう術を相伝された人間だけでひっそりとやったっんじゃなく、村人全員がそれとなく「あ。やったな」と薄々と気づいてたハズ。小林記者が石井の実家を訪れた時のあまりにも過剰な住民の反応はコレかと。
ただ、何か手違いがあり人間の赤ちゃんを使用した禍具魂は無秩序に解放されることとなった(人の赤ちゃんを使うと力が強すぎて制御できないのかも)。石井の父が鬼祭の映像を記録し他人に委ねたのは、術の失敗から鬼祭の失敗をも予想していたがため、なんとかして禍具魂を鎮める方法を残そうとしたのではないか。
ともかく、鬼祭で「禍具魂」を自分の体に降ろした石井は、そのまま降ろしたまんまになってしまった。
〜石井上京〜
で、禍具魂に憑かれたまま石井上京。産婦人科に務めシステマチックに赤ん坊ゲットで儀式を一人で行う。この時儀式を行った場所がまりかとアンガールズがTV番組で訪ねた神社のあの枯れた木があった場所なのだろう。「何かいっぱいいる!」のまりなのセリフは石井に喰われた胎児の魂なのであろう。
上京してしばらく経ち、石井はいつのまにか男の子と暮らし始めた。この男の子はなんなのか?たぶん男の子は死んだ胎児に取り憑いた禍具魂の象徴そのもの、この世のものでは無いのであろう。
儀式によって無数に増え続ける禍具魂。その量は「たぶん、もうどうにもならない」規模にまで増えた。
〜ノロイ発動〜
呪いを受けると「死ぬ」のではなく、「死をその人自身が受け入れる」。死に方がほとんど自殺なのはそのせいなのだろう。自ら鳩を部屋に入れた大沢が印象的である。
霊能力者の堀エモンがいつもアルミホイルで身を守ってたのが印象的だが、呪いとは「電波」と捉えると判りやすいのであろう。発信源に近いほど強烈で、冒頭の親子や無職の大沢くんはこれが原因でヤられたと予想できる。ちなみにこの呪い、呪った人間を増幅器にしてそこからまた電波を発生できるのでは?堀エモンが初めに呪い発信元として大沢の家を探し当てたのもこのせいではなかろうか。
ただ、呪いに耐性がある人間が見受けられる。呪いが自身に帰ってきた石井がソレだ。大沢の隣に住んでいた頃から鳩が現れるという予兆(鳩が呪いを運ぶのでは無く、呪いが届いたという象徴)が物語の初めから現れていたにも関わらず最期の方まで生きた。たぶん「呪いが受信できるが耐える」というのが巫女の条件ではないのか?
「呪いが受信できるが耐える」人間。それが「かな」である。そして呪いに耐えた人間は巫女となるため禍具魂にラストの山の上の社に呼ばれるのであろう。ダムに沈んだのが鎮魂の社ならば、山の上のは禍具魂を執り行う社ではないか。
巫女といえども帰ってくる呪いにはいつまでも耐えられない。新たな巫女「かな」を仕立てるべく石井は実家に帰りかなを待った。
ちなみにあと二人、「呪いが受信できるが耐える」人がいたがこれに関しては後述。
〜石井死亡〜
石井、かなを巫女に禍具魂の儀式を執り行う。ラストの山で結界の中で死んでいた犬は儀式に使われたように見えるが、アレ石井が自分で他の家から盗んだのであろうか?それとも儀式に住民が協力した?いえいえ、住民が儀式を行うのを知って呪いが自分らにかからないように自発的に犬を使って呪いを逸らそうとしたのだろう。自衛手段バッチシ!!
ただ、かなは死んでしまった。アレ?死んだらダメなんではと思うんですが、ラストで男の子の横にかなの亡霊が現れたのを見るに、禍具魂は胎児の怨念を喰らったかなを更に喰らうことによって自身を強化したのではないだろうか?
実は巫女っちゃん候補はもう一人居た。女優のまりかである。小林家の家に居たまりかのトコへやってきた鳩は「小林嫁」にかかった呪いのためだったのであろう。呪いを解こうとダムにやってきたがアレは自ら禍具魂に呼び寄せられていたのでは無いだろうか。しかしかなによる強化が得られた禍具魂はまりかを用なしとし、結果最終的には呪いから逃れられたのではないのか?だいたいダムの上での呪いを絶つ儀式もメチャクチャだったよねー(禍具魂を絶つつんだから、禍具魂に憑かれたまりかに向かって小林さんが鎌を振るうのが絶対正しいよな、アレ)。
堀エモンも禍具魂システムを受信してはいたが、生まれながらの自己防衛能力でシャットアウト。ところが防衛機構が効き過ぎて****に、花粉症みたいなモンである。ま、結局ラストで発生源に近づきすぎて禍具魂に取り憑かれていたが。
そして小林記者は男の子を引き取ることになる。「私は男の子を引き取ることにした」となる経緯も唐突で不自然過ぎるし掘エモンに「あんたも禍具魂にやられたのか」と言われることから、小林記者も禍具魂の術中にはまったと考えられる。後の経過は劇中の通りである。
そして今−−−−−。
小林夫妻、堀エモンの手をえて、男の子”禍具魂の象徴は一人歩きを始める。
小林記者はなんとか生き延び、禍具魂を阻止しようとするが鳩がやってきたのではないか?石井の父が鬼祭のフィルムを譲ったように、自分の死期を知った小林は最期のフィルムを杉出版に届けたのであった・・・・。
最後に。
生前の石井が叫んでいた「何でそんな言い方ができるんだ!!」の叫びの意味することは何っだたのであろうか?
禍具魂を身に降ろし、儀式を続けた石井に父親、もしくは元村の住人は「そんなことをするのはやめろ!」と石井の説得を試みたのではないだろうか?
それに対し、禍具魂の意志によりどうにもならない石井は苦悶の叫びを上げたのではないか。
(呪いを生んだのはお前達の意志そのものなのに)「何でそんな言い方ができるんだ!!」
考えすぎかもしれないが、堀エモンの見た「霊体ミミズ」とは禍具魂のモノだけでは無い。人が持つ普遍的な恨み辛みも見えていたのではないだろうか?
「呪いを生み出すのは人の思いそのもの」
この映画はそういったメッセージを語っているのかもしれない。
−残る謎−
・なぜかなの母親だけは夫に刺されるという変則的な呪われ方をした?
(友人曰く、あれはれっきとした自殺ではないのかとのこと。夫の供述はウソ。)
・「何でそんな言い方ができるんだ!!」のセリフにはまだ深い意味がありそう。